宮崎県に縮小し続ける焼酎業界に於いて、"弱者の戦略"を遂行し大きく成長した企業があります。
第26回は、お酒好きは 誰もが知っている「霧島酒造 株式会社」です。「霧島酒造 株式会社」と言えば、「トロッと、キリッと」のキャッチフレーズでお馴染みの「黒霧島」を造っている会社です。
私が大学生の頃は、「焼酎が飲める人=男」と言ったイメージで、飲める人は何となく"カッコ良く"見られる気がして、私自身もよく飲んでいました。また、どこの居酒屋に行っても大量に並べられた「黒霧島」のキープボトルは"圧巻"です。
実は、お酒に疎い 私の悩みとして…
焼酎を飲む"シチュエーション"が、あまり分からないというのもあります。例えば、「ビール」だと"最初の一杯"が美味しいのですが、焼酎だと分からないこともあり、飲み易い「酎ハイ」や「ハイボール」を飲むことが多くなりました。しかし 今回「霧島酒造」を調べることで、焼酎は「奥深いお酒」だと知り、また 飲んで見たくなりました。
ちょっと、話が逸れましたが…
「霧島酒造 株式会社」は、本社・工場 共に、雄大な霧島連山の麓 宮崎県に構えられ、2016年には創業100周年を迎えられた歴史ある企業です。
企業の沿革を辿ると…
1926年:創業者 「江夏 吉助氏」が前身の「川東江夏商店」で本格焼酎の製造を開始しました。
1945年:「霧島酒造株式会社」に改名し、2代目である「江夏 順吉氏」が社長に就任
1996年:現社長である「江夏 順行氏」が三代目社長に就任
2013年:焼酎業界で、売上No.1となる
2016年:創業100周年を迎える
と、歴史のある企業です。
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●ここで、一度「焼酎」自体について紹介します。
先ず、お酒は大きく「醸造酒」と「蒸留酒」の"2つ"に区別できます。
〇先ず「醸造酒」とは…
原料に含まれている糖分を使い、酵母を加えるだけでアルコール発酵させる お酒のことです。
代表的な醸造酒には、大麦を主な原料とする「ビール」、ブドウを原料とする「ワイン」、白米を原料とする「日本酒」などがあります。
醸造酒のアルコール度数は、一般に蒸留酒よりも低く、最高でも20度程度です。
〇一方で、「蒸留酒」とは…
上記で 説明した醸造酒を、更に「蒸留」して造った酒のことです。大雑把に言えば、ホップなしのビールを蒸留したものが「ウイスキー」、ワインを蒸留したものが「ブランデー」となります。そして、「焼酎」も蒸留酒にあたり、その原料によって芋焼酎、米焼酎、麦焼酎などがあります。その為、白米を原料とする日本酒(醸造酒)を蒸留したものが「米焼酎」になります。
更に 焼酎は、その蒸留方法により「焼酎甲類」と「焼酎乙類」の"2つ"に分類することができます。
〇「焼酎甲類」とは…
連続式 蒸留機を使用し、何度も蒸留を繰り返して純粋なアルコール分を取り出すことにより造られる焼酎で、ピュアな味わいが特徴です。ロックやストレートは 勿論、お茶やジュースなどのミックスベースとしても楽しむ事ができます。
〇一方「焼酎乙類」とは…
単式蒸留機を使って、じっくりと蒸留していくことにより造られる焼酎で、原料の風味が非常に豊かで、味わい深いことが特徴です。一般に「焼酎」と言うと、「焼酎乙類」のことを差し、広く流通しており、「本格焼酎」とも呼ばれます。
*沖縄産の本格焼酎と言えば「泡盛」が有名です。
霧島酒造は、この「本格焼酎」をメインに製造されている会社です。
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●霧島酒造の売上高は、659億円を上げ、8年連続で焼酎業界 No.1を走られています。
【焼酎業界売上高ランキング/2018年】
「会社名/本社所在地/主力ブランド/売上高/」
◆1位:霧島酒造(株)/宮崎県/黒霧島/659億円
◆2位:三和酒類(株)/大分県/いいちこ/454億円
◆3位:オエノングループ/東京都/鍛高譚/401億円
◆4位:雲海酒造(株)/宮崎県/日向木挽/171億円
◆5位:二階堂酒造(有) /大分県/大分むぎ焼酎・二階堂/153億円
(参照:帝国データバンク)
現在 国内の「酒類」市場は、依然として3兆6,000億円もの規模を誇りますが、縮小傾向にあります。しかも、酒類の中でも、「焼酎」や「ビール」のシェアが減少している一方で、ビールに類似した低価格の「発泡酒」や「新ジャンル飲料」などが大きく伸ばしている状況です。
焼酎業界だけで見てみると…
2003年頃に始まった“焼酎ブーム”で、一気に人気を博し、この時に初めて出荷量が日本酒を超えました。それまでは、主に酎ハイのベースとして認識されていた焼酎が、「味わいながら飲む」といった、大人の飲み物として親しまれるようになったのです。また 日本全体の健康志向も、焼酎ブームに一役を買いました。「血糖値の上昇を抑える、糖質やプリン体が含まれない」という点が評価され、晩酌のお酒を焼酎にする人が増えていったのです。
しかし 2000年代後半には、ブームは過ぎ去り 焼酎の出荷量も08年をピークに減少を続けています。
余談ですが…
私の中では「芋焼酎」=「鹿児島」というイメージがあったのですが、鹿児島の企業が売上高ランキングの上位に無いのは驚きました。調べてみると、鹿児島には沖縄の次に焼酎が入り、薩摩藩の時代から芋焼酎を重要な特産物と位置づけ、21世紀の今もなお、100軒以上もの焼酎蔵が存在しているそうです。一方では、伝統があるが故に、そのほとんどが「杜氏制度」を利用しており、出荷量では他県に劣ってしまったそうです。
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それでは、「霧島酒造 株式会社」の"イケてるC.I."の一部を紹介します。
【企業スローガン】
「品質をときめきに」
【企業理念】
価値の創造
感動の創造
信頼の創造
みなさまに感動を与え得る、新しい価値のある商品を、確かな信頼のもとにお届けいたします。
【経営方針】
◆1.チャレンジ
夢を育て、ロマンを実現できるグローバル企業をつくります。
(総合食品文化企業・国際性・自己実現)
◆2.クオリティー
くつろぎを生み出す高品質な企業をつくります。
(お客様志向・高品質の商品とサービス・人財開発)
◆3.ハートフル
人と地球にやさしい心豊かな企業をつくります。
(人間性の尊重・環境の保全)
◆4.ローカリティー
地域に根ざし、地域と共に発展する企業をつくります。
(地域への貢献・地域文化の継承と創造)
【考動指針】
●Vision:夢がなくては始まらない。
●My Company:会社の主役は「私」です。
●Move:やり過ぎくらいがちょうどいい。
●Originality:マネするだけじゃつまらない。
●Enjoyment:楽しくなくては始まらない。
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【若手なりの成長の理由分析】
「霧島酒造」の一番の成長理由は…
◆「1998年に発売した新製品「黒霧島」に、全ての経営資源を投入(一点突破)したこと」だと考えます。
一見、イチかバチかに見えますが、この"一点突破"戦略が、最終的には"全面展開"を行うことに繋がりました。この時に、工場増設への「大型投資」も行い、焼酎業界が不況の中でも売上を大幅に伸ばして競合を引き離すことに成功しました。売上高は、200億円に対して、投資に掛けた費用はなんと「"100億円"」です!
まさに、この「黒霧島」に社運を掛けられたのだと思います。結果的に 「霧島酒造=黒霧島」という意識を植え付けることになりました。
更には…
工場増設を見据えて、「冷凍芋」を活用することで前代未聞の通年での芋焼酎生産を可能にしました。その為 原料の「芋」を安定的に確保する目的に、農家の囲い込みまで行いました。これは、芋を面積単位で買い入れる独自の方針を採用した為、農家は「豊作・不作」に関わらず、安定的に利益が得られる「Win-Win」の関係を構築し"通年大量生産"を可能にしたのです。
広告には、若者でも親しみのある有名人を使うことで、新たな顧客層を開拓し一気に市場を切り拓きました。まさに、黒霧島という商品を使った「一点突破」から最終的には「全面展開」されており、「"弱者の戦い方"の模範」だと思います。それは、「霧島酒造=黒霧島」となっていることが結果の証だと思います。
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それでは 更に、自分なりに成長理由を仮説ですが「5つ」上げさせて頂きます。
■1.「2代目社長の"学者肌"と現社長の"商人肌"のハイブリッド!」
*2代目社長の「江夏順吉氏」は東京帝国大学(現・東京大学)工学部で応用化学を学んだ"学者肌"の人物であり、自ら焼酎の改良などに取り組みました。「霧島裂罅水(きりしまれっかすい)」を焼酎の仕込み水や割り水に使用し、原料となるサツマイモの選別にも"没頭"しました。しかし、順吉氏の血のにじむような努力の一方で、販売は振るわず、「いいちこ」や「白岳」、「雲海」といった競合商品にシェアをどんどん奪われ、売上高は100億円を下回る時代が続きました。
そんな中…
1996年に順吉氏は他界し、現社長の「江夏 順行氏」が社長を継ぐことになったのです。順行氏の経営体制下では、順吉氏時代の高品質路線を継承しつつ、「芋焼酎の臭みを押さえた新商品の開発」と「営業」に取り組みました。こうやって生まれたのが「黒霧島」です。
営業拡販にも努め、2000年代の焼酎ブーム期に着実な事業拡大を継続しました。この時には、営業マンが飲食店を「一軒一軒」廻るという「どぶ板営業」をされています。更には、消費者や飲食店に飛び込んでグラスを交わしアピールするというスタイルは今も変わっておらず、企業の強みとなっています。
「黒霧島」は、"学者肌"の先代社長の強いこだわりと、"商人肌"の現社長の戦略によって、長い歳月を掛けて開発・拡販された お酒なのです。
■2.「発想の転換!」
*焼酎では、アルコール発酵させる為に「麹」というものを使います。霧島酒造も創業時は「黒麹」を使っていましたが、蔵中が真っ黒になる扱いづらさから、その後は「白麹」が主流になっていました。しかし 1990年代に入って黒霧島の開発にあたり、同社は創業当時の「黒麹仕込み」の味わいを再現することにこだわりました。
何故なら…
飲み易い白麹の焼酎に消費者が飽きていると考えたからです。
とは言え、黒麹だと「どっしりした重ための味わい」になる上に、大量生産ができませんでした。そこで、最新鋭の設備を開発、駆使したのです。こうやって生まれた「黒霧島」は、黒を使うことで"うまみ"が付加され、芋の味わいを前面に出しつつ誰でも飲み易い焼酎となりました。現在でこそ「芋臭さを感じない斬新な芋焼酎」と評される名品ですが、実は発想を転換し、"原点回帰"が生んだヒット商品なのです。
「芋風味を弱くする」か「大量生産する」かのトレードオフ(二者択一)だった焼酎業界の構図を打ち破って、「芋臭くない量産型焼酎」という新ジャンルを作り、「若者」や「女性」を一気に開拓することに成功しました。
■3.「ドミナントを駆使した、独創的な営業・販促方法!」
*ドミナントとは主に小売業がチェーン展開する際に、販売したい地域をある程度 定めて、そのエリア内に店舗を集中して出店することで経営効率を高める戦略です。霧島酒造も、黒霧島ブランドで「博多」を攻略した後、敢えて同サイズの都市である「広島」と「仙台」へ横展開をしました。そして、大消費地である"首都圏"と"関西"の開拓は最後にしたのです。このことで、リスクを避けることができ、身の丈にあった着実な成長へと繋がりました。
*また、出勤前のサラリーマンにアルコール飲料を配るという、斬新な販促活動を行いました。「仕事帰りに配ると、そのまま家に持ち帰るだけで終わってしまう。しかし、出勤前なら職場に持ち込んで貰えるので、より多くの人の目に触れ話題にして貰える」という狙いがあったそうです。そんな販促が功を奏し、福岡のオフィス街に勤めるビジネスマンの多くが「黒霧島」の存在を知ることになりました。
一方で…
酒販店向けには、新しく女性で営業部隊を構成しました。同社にとって未開の地である福岡を切り拓こうとする上で、同業他社とは"異なる"やり方で差別化を図ったのです。実際に、女性ならではの細やかな対応や、消費者目線での売場レイアウトの提案などで酒販店主からも好評を得ることに繋がりました。
因みに この時には、ターゲットとなる地域にずっと宿泊し、飲み屋や酒屋さんを回り続けては感想・意見を求め続ける毎日だったそうです。
■4.「原料へのこだわり」
*「黒霧島」の原料は、九州の土地で育ったサツマイモ「黄金千貫(コガネセンガン)と、地下岩盤の割れ目に蓄えられた地下水「霧島裂罅水(キリシマレッカスイ)」を使っています。
「黄金千貫」とは…
でんぷん質が豊富に含まれており、いも焼酎に用いる最適な品種の一つです。また、豊かな風味を持つ最高のサツマイモづくりは、「生きた土地づくりにこだわること」から始められており、契約農家や公共の研究機関と協力しながら、今でもその研究に絶え間ない努力が続けられています。
「霧島裂罅水(キリシマレッカスイ)」とは…
昭和30年にボーリングによって掘り当てた、都城盆地の地下岩盤の割れ目から噴き出す天然水です。霧島山脈に降った雨が、シラス層や火山灰土壌などを浸透する永い年月の過程で自然にろ過作用を受け、地下深くに蓄えられた"名水"です。その性質は、適度のミネラルを含み、酵母菌の発酵に最適な条件を備えており、飲み口はピュアで「まろやか」なものです。その喉ごしは、まさに霧島酒造の本格焼酎の美味しさの源泉となっています。
「黒霧島」の味わいは、これらの風土の恵みに支えられ、こだわりの原料と、霧島酒造の高度な製造技術により生み出されています。
■5.「システムを駆使した、モノづくり!」
*霧島酒造では、様々な場面でシステムを導入しています。創業から100年以上、培ってきた研究データ、顧客情報、品質管理情報などは、勿論のこと
システムを使った徹底的なマーケティングを基に商品開発をされています。
更に凄いのは…
焼酎の製造工程から出るサツマイモのクズや焼酎かすを使って"バイオマス発電"が行われていることです。
霧島酒造では、1日に一升瓶で16万本に上る規模を製造するため、"約340トン"のサツマイモを使います。うち、選別ではじかれるイモのくずは毎日平均して"約10トン"。そして、蒸留工程で残る「もろみ」を絞った焼酎かすは毎日約650トンに上ります。
このメタンガスを燃料にバイオガスエンジン発電機で発電し、年間約700万kwhの発電実績があり、なんと年間の売電収入は"約2億5.000万円"に上ります。
本当に"凄い"の一言です…
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◎と言うことで…
「霧島酒造」を分析してみましたが、地方の伝統を守るためにITを駆使した「モノづくり」は、正直
カッコ良さを超えて"凄み"を感じました。「地方創生」の模範企業だと思います。そして「戦略を持って脚で稼ぐ」というスタンスは、とても勉強になりました。
ここまで「霧島酒造」のことを分析してきましたが、実は 一度 霧島酒造の工場に行ったことがあります。しかし 焼酎にあまり興味を持てなかった当時の私は、あまり楽しむことができませんでした。それが、今回「焼酎の奥深さ」と「霧島酒造の歴史」を知ることで、もう一度
工場見学に行きたくなりました。
また 現社長の「江夏 順行氏」のインタビューから、若干 口下手ながらも「地元と自社への愛」を強く感じました。地方の企業というと、"ファミリー企業"や"ワンマン社長"等のイメージがありましたが、霧島酒造の社長は全くそれとは違っていて、伝統を重んじながらも常に新しいことに挑戦し、その為には「若い人の話も しっかり聞く」という強いバイタリティーを感じました。社員を下の名前で呼び、生まれ故郷や、家族構成など全てを把握されていて、こんな社長のために、社員全員が働きたくなるのだと感じました。本当に"素敵"です。
とは言いつつも、焼酎業界については…
人口減少や若者のお酒離れ、食事の洋風化、缶や少量瓶での飲みきりサイズへの変化、健康志向等などの要因から、厳しい時代となっています。事実 国全体の焼酎の出荷量も2008年をピークに減り続けています。
勝手ながら言わせて頂くと…
「黒霧島」で伸びて来られた霧島酒造さんだからこそ、次は「黒霧島への依存からの脱却」と「海外展開」ではないでしょうか。
*黒霧島 以外にも「赤霧島」や「白霧島」など、その他にもヒット商品はありますが。
特にお酒の輸出量は、国内消費量の1%程、しかも
焼酎の輸出量は日本酒などの他のお酒と比べると極端に低い数値となっています。それには、「SAKE(日本酒)は知っているが、焼酎はまず知らない。」という理由があります。だからこそ 九州の「霧島酒造」さんに切り拓いて欲しいです!
また、今回の「新型コロナウイルス」では、焼酎の在り方が大きく変わりました。飲食店向けの瓶製品出荷が大幅に減少した一方で、「家飲み」向けの紙パック製品は需要が拡大したのです。そんな中、家で様々な割り方をする人が増え、ただ お酒を飲むのではなく、自分なりの新しい飲み方を追求することが話題となりました。
霧島酒造さんも、SNSアカウントを開設し、消費者に新しい飲み方を投稿して貰うまど、消費者を巻き込んだ施策をやると面白いと思いました。
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◎最後に、C.I.について若手なりに一言いわせて頂くと…
「品質をときめきに」という企業スローガンから、常に最高の品質を追求する姿勢が強く伝わりました。当たり前のことではありますが、改めて本当に大事なことだ思いました。ただ、気になった点は、「企業理念が少し抽象的」なところです。例えば、企業理念の中に「価値」といった言葉がありますが、何を持っての「価値」かを定義しないと、企業が向かう方向が全く異なると思います。
その為には企業の「取り組む事業を通して、最終的に企業が目指す不変的な想い(存在意義=成し遂げたい想い)」を言語化することが必要だと思いました。
出来れば、コンカンが提唱するC.I.と、御社のC.I.を一度 照らし合わせて頂けると有り難いです。
*concanが考えるC.I.とは?
また、コーポレートサイトについては、トップページに商品が並んでおり少し"押し売り感"を感じてしまいました。企業の歴史・文化が素敵なだけに、先ずは、"理念"や"想い"等をしっかり表現された方が、よりお客さまの心を動かすことができる気がしました。
生意気ばかり言って、すみませんでした。
長くなりましたが、以上になります。
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