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【若手社員の成長期!】第66回:「『百聞は一見に如かず』の続きを知っていますか?!」~自分を幸せにし、その幸せを周りに繋げよう!~

有名な「ことわざ」は沢山ありますが、その中でも有名なものに「百聞は一見に如かず」というものがあります。この「ことわざ」の意味は、至ってシンプルで「人から何回も聞くより、自分で実際に一度見たほうが正確に分かる」という意味です。人によっては、"座右の銘"や"自分の戒め"にしている人も多くいると思います。

こんな有名な「ことわざ」ですが、実は この"言葉"には続きがあることを ご存知ですか? 今日は、この「百聞は一見に如かず」の続きについて、調べてみます。


先ず…

【「百聞は一見に如かず」の意味とは?】

●「百回聞くよりも、たった一度でも自分の目で見た方が確かだということ。」です。

*例えば、「進学」や「就職」で、その学校や仕事場が良いかどうかは、何となく 人から聞くことも出来ますが、一度でも実際に見てみると、より分かり易いです。また 私がよく、思い出すのが、「小学生のころの工場見学」です。課外授業で「パン工場」や「かまぼこ工場」に行ったのですが、こういったものがどうやって作られているのか、鮮明に覚えています。これらは 教室で聞いて教えて貰うよりも、実際に見た方が はるかに分かり易かったです。


【「百聞は一見に如かず」の由来!】

*「百聞は一見にしかず」は、中国の古い書物である「漢書」に記載されています。「漢書」は 西暦32~92年に書かれた歴史書です。漢の皇帝が老将軍の趙充国(ちょうじゅうこく)に、敵の軍勢について尋ね、「敵を抑えるには、どれほどの兵力が必要か?」と聞きました。それに対して、趙充国は「百聞不如一見」と答えたそうです。そして「軍事の現場は遠く離れているため、分からない。私が現場まで行き、そこから作戦を立てましょう。」と続けたそうです。この"言葉"が「漢書」に残されていました。「百聞は一見に如かず」は、人の話を聞くよりも実際に自分の目で確かめる方が確実である、という教訓の意味を持っています。


因みに、現代では2つの意味で「解釈」をされています。

〇一つ目は…

●「"言葉"として耳から聞くよりも 実物を目で見た方がより分かる」というもの。

*これは、先程の工場見学の例など、実際に自分で見に行った方が分かる、という意味です。聞いただけで納得したりせず、自分で見ることが必要ということです。


〇二つ目は…

●「人から聞いた話は、間違っているかも知れないので自分で見て確かめた方がいい」というものです。

*これは「あの人は嫌な人だ」と他人から聞いたとしても、それは その人の考えや意見です。自分で会って話してみると、案外 良い人だったりします。他人の意見や評判に流されず、自分でしっかり 見て考えることが大事ということです。


「漢書」から考えると、一つ目のものが 本来の意味に近いですが、二つ目の使い方もされることも多いです。


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では…

【「百聞は一見に如かず」の続きとは?!】

●「百聞は一見にしかず」には続きが存在します。とは言っても、これは 後に創作されて付け足されたものですが、出所などは はっきりとしていません。つまり 正式な「ことわざ」辞書などには 載っていません。私も調べてみましたが、ネット辞書には「百聞は一見に如かず」のみでした。

それでは、「百聞は一見にしかず」の続きを紹介します。

「百聞は一見に如かず」(聞くだけでなく、実際に見てみないとわからない。)

「百見は一考に如かず」(見るだけでなく、考えないと意味がない。)

「百考は一行に如かず」(考えるだけでなく、行動するべきである。)

「百行は一果に如かず」(行動するだけでなく、成果を出さなければならない。)

「百果は一幸に如かず」(成果をあげるだけでなく、それが 幸せに繋がらなければならない。)

「百幸は一皇に如かず」(自分だけでなく、みんなの幸せを考えることが大事である。)


上記をスポーツで例えれば…

〇「練習のやり方を聞いているだけより、実際に見た方がよく分かります。」

〇「しかし 上達しようと思えば、見るだけでなく、どうやって練習するか考える必要があります。」

〇「そして 考えるだけでなく、実際に練習 つまり行動をしないといけません。」

〇「更には、練習の目的は上達することであり、試合で成果を出さないと、練習の意味もありません。」

〇「勿論、成果を出すだけでなく、それが 自分にとっての喜びや幸せに繋がっていないと、意味もありません。」

そして、もっと大事なことが

〇「スポーツで上手くなり 勝つようになって、自分だけが 幸せになるよりも、周りの皆んなにも上手くなる方法を教えて、みんなが幸せになる方が、より素晴らしい」

ということです。


仕事でも自分だけでなく 人々のこと、社会のことを考えた方がより素晴らしいです。「世のため、人のため」というと、立派な人だけが出来ることのように聞こえますが、自分がある程度、成長し満足すると、今度は 周りの皆んなも幸せにしてあげたい、と考えるようになると説かれています。


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◎ここまで「百聞は一見に如かず」の続きについて、紹介しましたが…

そもそも この「ことわざ」の続きは、私が大学生の頃に「西表島」に行った際に、初めて 知った"言葉"です。

「西表島」は日本最南端の島で、「東洋のガラパゴス」と言われ、今なお 地球本来の姿を体感できる場所です。土地の90%は未開拓地で、多くの生命態や自然の研究の舞台にもなっています。しかし 実は「西表島」は多くの学者や旅行者が行き来することで、動物が車に跳ねられる事故、ゴミのポイ捨てなどが、多発しています。これは 多くの学者や旅行者が「西表島」を実際に見にきて 学びつつも、そこに「行動」が伴っておらず、勿論 結果も良い方向に行っていないのです。つまり「百聞は一見に如かず」で終わってしまっているのです。

大学生の私をアテンドしてくれた 現地の方が、力強く この現状を訴えかけられていたことを鮮明に覚えています。


どれも当たり前のことのように思いますが、人は 何も考えていないと「人は、聞いただけで分かったような気になる、見ただけで出来そうな気になる、考えるだけでやった気になる、行動しただけで満足して結果が出ていない」という状況に陥り易くなるのだと思います。私も、何度も この経験があります。そこから 脱却するためにも「百聞は一見に如かず」に沿って 取り組むことが大事だと思います。どういう手順で取り組み、何を目標にすれば いいのかが分かるので、取り組み方の道筋が見えてくるのです。


また 最終的には、「幸」を周りの"人"や"環境"に繋げていくことが大切で、そう考えると普段 私たちが行っている「仕事」も、とても かけがえのないモノになります。そして、何より重要なことは、その「幸」の繋がりも「耳と目と心を持って聴く」ことから始まるということなのです。

つまり 私が強く感じたことは…

●「周りを幸せにしようと言う気持ちも大事だが、その原点は『耳と目と心を持って聴く』姿勢であり、全て 今の目の前のことへの捉え方が大事。」ということです。すると

自然と行動へのステップに移ります。一歩一歩、着実に進んでいった先に「百幸は一皇に如かず」、つまり「自分だけでなく、みんなの幸せを考えられるようになる」のだと思います。長くなりましたが、以上です。

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