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【代表の人物像&体験談!】「泣けるエピソード!」~副題:目が見えなくなった私を、支えてくれたもの~

「ひとりのプロ野球・投手の1勝」 高校野球の甲子園常連校で知られる名古屋・中京高校野球部の一人の投手の物語です。 彼の名前は、確か野中(定かではない)だったと思いますが… 彼は、高3の夏の甲子園大会で、見事優勝しました。 そして、鳴り物入りで地元のプロ野球球団・中日ドラゴンズに入団しました。 しかし… 中々活躍出来ず、プロの厳しい洗礼を受け、1勝も出来ていませでした。 そして… 何と 練習中に肩を壊し1勝も出来ないまま… 一年目に球団から解雇されてしまいました。 数年は腐り切っていたそうです。 スポーツしかして来なかった「野球バカ!」の人生だったから… 本当に苦しかったと思います。 人生最大の挫折だったでしょう。 次の就職先も中々決まらず… 退団三年目に… 野球選手を諦める決断をしました。 そして 札幌に移り、札幌ラーメンの店で働き始めました。 その頃に、奥さんと出会い、結婚されました。 ラーメン屋さんで働きながら、趣味で野球は続けていましたが… 六年目に… どうしても、野球が忘れられずプロ野球選手に戻る為に、本格的な練習も続けていました。 しかし 勿論、そう簡単に戻れる世界ではありません。 それでも… 彼は諦めず、練習は、トコトンやっていました。 すると、何と… 台湾のプロ野球球団から、彼に声が掛りました。 そして、奥さんと共に海を渡りました。 彼は「水を獲た魚」のように好きな野球に没頭しました。 野球が出来る喜びと、奥さんの協力も得て台湾球界で活躍するようになり、勝利も重ねて行きました。 これが、八年目の事です。 そして… 九年目のシーズン終了後、日本に戻り日本球界のテストを受けました… しかし 勿論、どの球団からも受け入れられませんでした。 そんな時… 最後のテスト先が当時・野村監督率いるヤクルトスワローズ。 野村再生工場と言われていた監督は野中投手の生き様を聞いて… 何と入団を許可したのです。 あの解雇から 九年目にして… 日本のプロ野球球団に、見事復帰したのです。 そして… 春のキャンプを終え、いよいよシーズンの開幕です。 そして、彼は… 退団から十年目にして… 何と、日本プロ野球界で、1勝を上げたのです。 あの解雇から、十年… 本当に、本当に長かった「涙の1勝」でした。 この時の会見で野村監督は、「この1勝は100勝にも値する!」と言われたそうです。 しかし… その後、彼は1勝もする事なく、その年の終わりに引退しました。この1勝は、きっと野村監督からのプレゼントだったと思います。 本当に凄い話です。 彼を、奮い立たせた野球への情熱。 そして… プライドをかなぐり捨てて戦って来た「人生」そのものの執念を感じます。 ーーー 私は、この話をラジオで聴いた時… 自然と「涙」が出ました。 彼の気持ちを思うと堪らなくなったのです。 十年かあ… その時 思ったのです。 私は、その当時「角膜の提供者」を待っていました。 「俺なんか、たかだか3年じゃないか…」 彼の言葉です。 「この1勝は妻が支えてくれたからです。この1勝を妻に贈ります!妻は私の誇りです!」と。 格好いいですね!これが、本物の男だと思います。 私は、この話を聞いてからは… もうぶれる事は無くなりました。 ーーー 結局は… 諦めたら終わりだと気付かせて貰いました。 人生は長い! 与えられた「命」を全うする為に諦めてはならないのだと。 自分を信じて挙げて、コツコツ積み重ねていれば、必ず「結果」は出ると信じます。 みなさん!だから 私は諦めません!何事も!

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